「やめたいと思っているのにやめれないのはなぜ」やめるための唯一の方法はこれしかない!

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「やめたい」と思っている事の1つや2つは誰でもあるのではないでしょうか。

ちなみに僕は1つや2つではなく、もっともっとたくさんありますよ。

ですが「やめたい」と思っていてもなかなか「やめれない」という事が現実なのです。

「やめたい」と思っていることをしっかりとやめる事ができたら一番良いですよね。

ですが、すんなりとやめる事が出来るのならば誰も苦労しないのも事実です。

たくさんある「やめたい」と思うこと

  • パチンコ、競馬、競輪、競艇などのギャンブル
  • たばこ
  • 無駄遣いなどによる浪費
  • 時間の浪費
  • スマホ依存症
  • 他人と比較する
  • 無計画な日常
  • 誹謗中傷すること
  • ネットショッピングなどの浪費
  • 浮気
  • ブログの更新をさぼる

きっとあなたにも思い当たる節はあるのでは。

書き出したら切りが無いほど「やめたい」と思う事は次から次へと湧き出てきます。

「やめたいこと」とは自分自身が「これをしてはいけない」と明確に分かっているからこそ「やめたい」と思うのですよね。

では「やめたい」と分かっているのにやめられないのはなぜなんでしょうか。

やめたいと思っているのにやめれない原因はいったい何、それはどのような事なのでしょう。

やめない理由を探してを肯定する

「絶対にやめるんだ」と覚悟を決めて事に当たるのですが、やめられない。僕も多々経験しています。挙句の果てには「本当にやめなければいけないのだろうか」といった思いが日がたつごとに強くなり、元の木阿弥となる訳です。

誰しも一度は経験しているのではないでしょうか。

「やめたい」といった理由ではなく「やめない」という理由を探し、その理由を正当化し肯定てしまいます。

「実はこのような理由があるので、やめる必要はないんだ」

僕もそうなのですが、やめない理由を探して肯定してしまうことは良くある事だと思いませんか。

今ある自分を肯定すればやめなくても良いのですから。無理をする必要もストレスを感じることもなくなります。

別に今日からでなくてもいいやと思ってしまう

俗にいう「タイミング」というものです。

せっかく決意したのに「明日からでやめよう」「〇月〇日からやめよう」と決めたのは良いのですが、明日が来る前に、〇月〇日が訪れる前に「タイミングが悪い」といった自分勝手な考えで結局はやめれなくなります。

では「やめたいと思っている事をやめる」タイミングはいつなんでしょうか。

思い立ったが吉日と言われるよう、ベストタイミングは今なのです。

一度「やめる」ことを失敗するとと元に戻ってしまう

僕はというと、この繰り返しです。

「駄目だ、やめよう」と決意し、行動に移し順調に事が運んでいるにも関わらず、一度の失敗で元に戻ってしまう事が度々あります。

例えば

「今月はAmazonで〇〇円使ったので残りの日はネットショッピングやめよう」と決めるのですが、ネットサーフィンしているうちに「ポチッ」と一度でもクリックし購入してしまうと、もう止まりません。

 

頭野中では「ブレーキをかけなければ」と分かっているんですが、たった一度箍(たが)が外れると後戻りできません。

それまでは、すごく努力するのですが・・・上手くいかないですね。

あるがまま、思いのままの自分が楽ですからね。

やめることを大変なことだと思ってしまう

悪習にしろ依存にしろ、それを無いものにする事はとても大変なことだと思ってしまいます。

読んで字の如く「大変」という文字は「大きく変わる」という事ですから、並大抵のことではありません。ですが、大変なのかどうかという事ははやってみなければ分からない事でもあります。

取りあえずは「大変な事だ」と思っていてもチャレンジしてみましょう。

「大きく変わる」ためにはまずは「行動」する事だと思っているのですが、「やめる」ということはその中でもとても「大変」な事だと思います。

大きく変わるためには並大抵の覚悟では足らないですね。

誰にも迷惑をかけていないと開き直る

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この時点で「やめたいと思っていることをやめる」という事を諦めています。

「どうせ上手くいかないから」といったことが大前提となっていますね。

やめたいのにやめれないという事にこだわり過ぎると、ネガティブな考えになってしまいます。

「どうせ僕には無理だから」

「私なんて出来っこない」

「以前も駄目だったから無理」

「決めたことも守れないなんて、なんて情けない人間なんだ」

余りにも消極的な考えになると、防衛本能から気持ちにブレーキがかかります。

「やめなくても誰にも迷惑をかけていないし」と。やめることに意味はあるのかと・・・

現状を許容してしまう

やめれない自分を認めてしまい諦める。

「どうしたら効率良くやめれるのだろうか」

「どうすれば無理なくやめれるのだろうか」

などといろいろと考えたり模索したりするのですが、よくよく考えると「別にやめなくても良いんだ。「やめなくても不憫な思いをしていないし」「誰でもやっている事だから、やめる必要なんてない」だから「今のままで大丈夫だ」

やめる事が出来ないので、やめる事の出来ていない現状を認めてしまうのです。

これではやめることは無理ですね。

まとめ

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では、どのようにすればやめる事が出来るのでしょう。

「気合いだ」とか「根性だ」などといわれる時代もありましたが、現代においてその「精神論」「根性論」に対し否定的な意見が多いです。もっと「理論的かつ効果的に」といった具合に。

この時代の中、あえて僕はこう唱えます

「やめる事の出来る唯一の方法は「精神論」と「根性論」だ」と。

あなたが、本当に本気で「やめたい」と思っているのならば問題はありません。

絶対にやめる事が出来ます。

やめる事に対し少しでも躊躇していると難しくなります。

決心したのに躊躇しているとはおかしな表現なんですが、今まで普通にやっていた事なので習慣となった事に対して「本当にやめれるのかな」と思うことは自然の成り行きだと思います。

この「やめれるかな」といったほんの少しの思いが本気になれない原因なのではないのでしょうか。

僕にはまだまだ「やめたいこと」は山積みなんですが、それでもやめたもの、やめた事は沢山あります。

どのような方法でやめたのかというと

「本気でやめたいと思ったから」

やめない自分を嫌になるほど「本気で思ったから」です。

僕からのお願いがあります。駄目だからと落ち込んだり、自己嫌悪に陥ったりしないで下さい。1週間やめる事が出来たのなら1週間の成果は確実にありますから。失敗を重ねるたびにやめ方は上達します。1度目より2度目、2度目より3度目と。

話しは少し変わりますが、今回使用させて頂いたぱくたその「段田隼人さん」とても良い感じで最高です。

Chacaでした

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